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セキセイインコとへっぽこ飼い主の、ぎゃぎゃぴな記録。
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パドのこと。


※とてもとても長い記事です。どうか、お時間のある時にでもよろしくお願いいたします。




【2010年5月21日 金曜日】

今から5年前、まだ我が家には、実家からお迎えして2か月足らずの推定2才の村長こと「メッシ」と
お迎えしてまだ1か月足らずの、生後3ヶ月の幼い「サビィ」の2羽だけでした。

一緒に遊びたいのに、いつもメッシに邪魔にされ、一羽で遊んでいるサビィを私が不憫に思ってしまい
仕事帰りに立ち寄ったペットショップで、黄色と緑の、少し気が強そうな男の子と出会いました。

その当時のお話です。


パドはその時、まだプラケースで、ごやごやと他の仔達と一緒にいましたが
うちは共働きなので挿餌はムリで、お迎えしたいけどムリだなぁーって見つめていたら
店員が「この仔はもう大丈夫ですよ。」とおっしゃいました。
プラケースもないので、普通のケージで大丈夫かも確認しましたが、問題ないとのことでした。

たぼさんはこの時、パドの異変に気づいてて
「ちょっとやめた方がいいんじゃない?具合が悪そうだよ。」と言ってくれましたが
とにかくパドを気に入ってしまった私は、「そんな風には見えないよ。」と、その忠告を無視。
店員がケースから取り上げて、お尻を見て「ん?」と言ったのを今でも覚えてます。

家に帰る頃には、陽もすっかり落ち、店員の言うとおり、(まだ赤ちゃんなのに)パドをケージに入れました。
慣れない環境だし、もう遅いので、その日は餌とお水をセットし寝せました。




【2010年5月22日 土曜日】

翌朝、この日は土曜で仕事が休みでした。
まだ3ヶ月だったサビィは、初めて見るパドに興味津々で
ケージの上にのぼってみたり、横からしがみついてみたりと、とにかく興味津々でした。
パドはそんなサビィに、小さいながら威嚇してました。

パドをケージから出すと、怖がらずに手に乗ってきて
初めて飛んだ時は、ほんの1mくらいでしたが、たぼさんと二人で喜びました。
でもすぐ疲れるので、仰向けに寝ているたぼさんのお腹の上で目を瞑って休んだり
テレビから流れるAKBの曲にだけは、「ピロロ!」と反応を示して見つめ、私達を笑わせてくれました。

パドは、お腹が空いたように何度か鳴くのですが、あまり餌を食べませんでした。
「知らない環境で警戒しているのだろうか。店員さん、普通の餌でいいって言っていたしな…。」
サビィもお迎え当日は、ほぼ丸一日餌を食べなかったから、それに比べたら少しはついばむし…と
無知な私は、この時はあまり深刻には考えず、餌を口に持って行ったりとかしながらも
「そのうちモリモリ食べてくれるだろう」と、そう思っておりました。
今思い出しても、ほんとただただ、パドに申し訳ない。無知な人間に迎えられたせいで。

そしてここでようやく、なんとなく、パドが具合悪そうだな…。と気が付きました。

体重を量りました。パドは、たったの20gちょっとしかありませんでした。
急に怖くなりました。無知とはいえ、セキセインコの適正体重は知っていたので
この仔はまだ、挿餌でなければダメなんじゃないか。たぼさんの忠告どおり、病気だったんじゃないか… と。

それからたぼさんと一緒に、粟玉とか、何故かおがくずとかも買ってきました。
多分寒くないように。とか、少しでもペットショップと同じ状態に…とでも思ったのでしょう。

ネットで調べて、粟玉をふやかして、パドの口に持っていくもあまり食いつきはよくありませんでした。
ペットショップのようにそのまま置いてみたりもしましたが、それもあまり食べてはくれませんでした。
餌をちょうだいと親鳥を探すように、「ピロロ!」とは鳴くのに。
どうしたらいいのだろうと思いつつも、少しは食べてくれるので
この時の私は、まだ様子を見るしか頭にありませんでした。





【2010年5月23日 日曜日】

今でも思います。なぜすぐに、病院に連れて行かなかったのかと。

この日、パドは少し寒がるようになりました。
たぼさんの手の方が大きくて温かいので、たぼさんがパドを包んでくれてましたが
まだプラケースじゃなきゃダメだったんじゃないか。と
そもそも私が無知なことがいけないのに、店員を責める気持ちも正直持ちながら
急いでプラケースを買いに走りました。

パドは、どんどん手に潜り込むようになりました。
それは、子供の頃に飼っていた文鳥が、亡くなった朝の、前の晩の様子、そのものでした。

ペットボトルにお湯を入れ、タオルで包み、温度計も仕込んでパドをプラケースに入れました。
たぼさんがプラケース用に、サビィのおもちゃの残り木で、止まり木を作ってくれました。
パドは、たぼさんの止まり木にはとまることなく、ペットボトルの上で嘴を背中に隠して丸くなっていました。

30度を切らないように温めながら、ネットでいろいろ調べると
「メガバクテリア」という単語が引っかかりました。
『酷くなると血便が出る。』
パドを覗くと、まるで「ごはんですよ」そのもののような、真っ黒いべったりとした便がありました。
この時もう、日はすっかり暮れていました。


ようやく私は、パドを病院へと連れて行きました。
獣医さんはパドを見るなり、「この仔まだ雛だよ!」と言いました。
体重も、通常雛は親から栄養をもらって肥えているのが普通なのに
たったの20gちょいなんて、いつ命が落ちても不思議でない状態だとも言われました。

そして検便の結果、メガバクテリアでした。

パドが、「ピロロ!」と鳴きました。「この仔餌を食べたがってるよ…!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もうそれしかありませんでした。
とにかく助けてほしい。助かってほしい。ごめんなさいごめんなさい…。

「どうしますか?入院させても(命が)もつか分かりませんよ。」そういわれ
私なんかのもとにいるより、病院にいたほうがずっと生きる確率が高い!とそれしか思えず
そのままパドをお願いしました。
獣医さんは、「よし。じゃぁとにかく保温と給餌だ!」と、パドを抱えて奥へと走っていきました。




【2010年5月24日 月曜日】

仕事が終わり、迎えにきてくれたたぼさんと、その足で病院へ行くと
「34度まで上がっていても、まだああやって丸まってるんだよ…。」と、状態が良くないことを告げられました。
「餌は無理やり給餌してるから、ちょっと汚れてああなんだけどね。」とも。

大きな保温器の中で、小さい体をまん丸くして、パドは戦っていました。ごめん。パド。。

「パド・・・」と、ガラス越しからそう呼ぶと、一瞬チラッと私を見ましたが、
また鼻を隠してそのまま目を瞑りました。

私達はまた「お願いします。」と言って、病院をあとにしました。
そして、それでも私は、パドが死ぬとは考えられませんでした。




【2010年5月25日 火曜日】

翌日、朝早く電話が鳴りました。
病院じゃなければいいな。と思いましたが、病院でした。

力なく獣医さんが、「パド君、頑張ったんだけど、今朝方…」と、その後の言葉はあまり思い出せません。
私は会社を休むことにして、パドを迎えに行きました。



白い布のようなものに包まれて、小さな箱の中でパドは横たわって眠っていました。
一生懸命最善を尽くしてくださった先生に、ここで泣いたら申し訳がなさすぎると
涙を我慢することにいっぱいで、喉が詰まり「ありがとうございました。」それだけ言うのが精一杯でした。

「ケースは洗って消毒をしたので、移る心配はないと思うけど。。」
獣医さんも、私の様子を察して、最小限のことしか言わないでくださいました。
でも私を気遣い、「2日でしょ…。チョイスが悪かったとしか…。」ともおっしゃってくださいました。
私は「チョイス…」とだけ頭の中で反復したことを覚えてます。
獣医さんに深く頭を下げて、会計を済ませて病院をあとにしました。



小さい箱を助手席に置いて、帰りの運転は、声をあげてひたすら泣いての運転でした。

家に着き、どのくらいの時間だったか。小さな箱を抱えて、顔が破裂しそうなくらい泣きました。
泣いたって、パドはもう生きられないのに。

少し落ち着いた頃、パドの箱を抱えたまま、メッシとサビィをケージから出し、また正座をしました。
メッシとサビィが、私の右肩にとまってきました。

とその時、左肩に、明らかに小さな感触が「ポン。」と乗りました。
「パドだ…!」そうはっきりと思いました。
私の気持ちが、そのような感覚を生み出したのかもしれませんが
その時の私は、そして今でも、あればパドだったんだと思います。

私はまた、しばらく泣きました。



夕方になり、たぼさんが帰宅して、私達はお花屋さんへ行き、パドにそっくりな色の花を買い
そのあと二人で、無言のままパドのお墓を作り、そこにパドを埋めました。
埋める時、たぼさんが、パドの首をカキカキしました。

賃貸なので、引っ越すときはいつでも連れていけるようにと、お墓は植木鉢にしました。





ライン




以上、長くなりましたが、ここまでがパドのお話です。

当時はこの話を聞いて、「私だったらペットショップに行ってお金を返してもらう!」とか
「ペットショップで死ぬと、そのままゴミ箱に捨てられて、誰からも記憶に残してもらえなかったんだから…」と
いろいろ慰めのお言葉をいただきましたが
パドを死なせてしまったのは、紛れもなく私の無知からです。
例え病気だったとしても、その病気を悪化させたのは私。
メガバクでも、完治させている飼い主さんは、たくさんいらっしゃいます。





【ここからは余談です】

それからカスターをお迎えするまで、一年かかりました。
サビィはその間、ずっと一人ぼっちで遊んでいました。
カスターが来たときの、サビィの喜びようといったら、もう尋常じゃなくて。(笑)
サビィはカスターのことを、「嫁」だと思っていたと思います。
でもそのカスターに対する熱烈な愛情が、後にサビィの肝臓へと負担になったのか
サビィは肝疾患を患ってしまい、カスターは、メッシと同居させることとなりました。

その時のサビィの癇癪っぷりったら、気が狂ったか。と思うほど。
サビィが未だにメッシを嫌う理由は、きっと出会った当初からの、恨みつらみなのかもしれません。。^^;




まだまだ、知識としても経験としても、不十分だけど
パドの死を無駄にしないよう、ギャギャピ達はことあるごとに
病院へチョッパヤでGO!なのであります。(笑)

でも、もし最期の時が来たら…。

私は、看取ることを選びたい。と、そう思っております。
でもそれは、きっとどの飼い主様も望まれることであり
仕事をしていたり、予期せぬ事故であったりすれば、やはりそれは理想論なのかもしれないけれど。


そして、実はこれには余談がありまして
本当は、『ここだけを掻い摘んで』、みなさまにお伝えしようかとも考えたのですが
なんか、それだとパドに対して申し訳がないというか、ズルイな…。と思いまして。

ここまででも、十分すぎるほど長いのに、すみません。
よろしければあともう少し、お付き合ください。


------


パドを埋めたあと、暗い寝室で、電気も点けずに着替えをしていると
私の左肩から、ほんわりとしたゴルフボールよりもひと回りほど大きな白い球体が、
ポ~ン… と降りて、もう一度ポ~ン…と今度は1mくらいあがって、そして降りて
またポ~ン…と飛んで、西の窓から出ていきました。

私はそれを、今でもパドだと思っています。
だってパドが初めて飛んだ姿、そのものでしたから。

でもそれが、本当にパドだったとしたら、それはどういう意味だったのかは分かりません。
意味なんてなくて、ただなんとなく肩にいたけど、サビィ兄ちゃんもメッシ姉ちゃんももう寝てしまったし
つまんないからどっか行こう。とか、そういうことかもしれないし
「これからは気を付けてくださいね。」と、そういう訴えなのかもしれないし…。

でも、思ったんです。
よく、テレビの心霊番組とかで、「オーブ」とか映されていますが
パドのそれも全くオーブそのもので
大きさも、小鳥だから小さいとか、そんなの全くなくて、同じ大きさで。

「魂」の大きさカタチは、人もインコも、同じなんだなって。



素材




長い記事、その内容に、読んでてイラッとされた方もいらっしゃると思います。
申し訳ございません。

パドが生きられなかった分も、ギャギャピ達に愛情を注いでまいりたいと思います。

最後まで、ありがとうございました。


2010-5-22 パド2 - コピー

― 2010年5月22日の「パド」。 ―






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