GyaGyaPi*Cafe

セキセイインコとへっぽこ飼い主の、ぎゃぎゃぴな記録。
MENU

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ボウちゃん、やすらかに。。


今週の火曜日、5月24日の夜。
まだ4才という若さで旅立たせてしまったボウを、先ほど朝9時。
空へと、送ってまいりました。





行きの道中。

IMAG5242_noexif.jpg

サビィ父ちゃんと一緒に。^^



我が家は賃貸なので、パドのときはまだメッシとサビィとの3羽でしたのでプランターに埋めましたが
こう大所帯ともなると、プランターも大変なので、
サビィのときに霊園の方にお話しし、11羽が入れる大きさの骨壺を選びました。

ほんの、缶コーヒーが気持ち大きくなった程度の大きさです。
小さいもんです。。

カバーは、何故この色を選んだのか自分でも分かりません。
ずっと保温を気にしていたので、とにかく暖かい色。そう思ったのだと思います。
選んだときは、園の方も「あれ?青じゃないの?」というようなリアクションをされていました。
「替えた方がいいかなぁ…」と、あとから迷いだした私に、
taboさんが「どの仔にもない色だから、かえって良いんだよ」と、言ってくれ、落ち着きました。

お骨は、ぎゃぎゃぴ達が全員入ったら、またその時考えようと思います。





素材





サビィのときは、火葬まで時間がなかったので、あっという間のお別れでしたが
ボウは日があったため、朝晩この木箱に、保冷剤を入れ替えて冷蔵庫で眠らせました。
そのたびに、「ボウちゃん」と声をかけていたので、なんだかもう本当にお別れなんだと思うと、寂しいものですね。。


ボウはよく、呼ぶと「ピヨ~」とお返事を返してくれたので
返ってこないとわかりつつも、「ボウちゃ~ん♪」と呼びながら、心の中に「ピヨ~」が聞こえてくるようで
何度も何度も、呼びながら向かいました。

心なしか、サビィがしっかりボウを護りながら、誘導しているようで
悲しいけど、微笑ましいような… そんな気持ちにもなりました。






待合室でボウを待っている間、黄色い色の可愛らしい模様がついた靴箱くらいの大きさの箱を
小学校2~3年生くらいの女の子が、大事そうに抱きかかえ
その横に、中学校に入る前くらいのお兄ちゃんと、お父さんと、計3人が入ってきました。

女の子が箱の蓋を開けると、中に可愛らしいセキセイインコの絵柄がついた布が。
「インコちゃんですか…?」
と、私が声をかけると、お父さんが「ええ…。」と返してくださいました。
「今お願いしているうちの仔も、そうなんです。セキセイインコです。」と私が言うと
「あ‥ うちもそうです(笑)」と。
少しだけ、待合室の空気が和みました。

妹は、わりかししっかりしていましたが、お兄ちゃんは泣きはらしたような顔をしていて
それでもずっと、明るくにこやかに振る舞っていました。
でもふとうつむいた瞬間、妹に「泣くなっ!」と言われ、
「分かってるよ~‥ でも、悲しいんだもん‥」と、また頑張って笑っていました。


「いくつだったんですか?」と、お父さんにまた話しかけると、お兄ちゃんを見ながら
「この子が生まれる前からだから… 15才ですね~。」


こんなに可愛い箱に入れてもらえて、インコ模様の布にも包まれ。
15年といったら、大往生です。
家族の一員として大切に愛されたこの仔は、本当に幸せな鳥生だったのねと、温かい気持ちになりました。

でも、同時に短かったサビィとボウのことを想い…

その後は、静かに呼ばれるのを待ちました。









真っ白なボウの骨を、お箸でサビィのもとへと移しました。
ボウちゃん、サビィより、少しだけ頭が大きかったんだね。





帰りの空は、雲一つない青空でした。










あの日、ボウは本当に苦しんだから。。

いったい、どうすればこんな顔に・・と思うほど、
可愛かったお顔がすっかり変わってしまったほどの、激しい痙攣でした。

ただただ、安らかにしていることを、祈る毎日です。



病気にさせてしまった自分を責めて、後ろを向いていても、サビィもボウも戻らない。
今はまだ、神経質なほどにギャギャピ達がちょっとでも静かにしてると怖くなるけど
彼らから学んだことを胸に、残りの9羽をお世話します。





まだまだ、書き足らないことはありますが、
またサビィばかりではなくプラスボウにまで怒られてはなんなので。ね。(´ー`)ゝ



二人(羽)の、貴重なツーショット動画で締めくくりたいと思います。



って、他にないんかい(汗)って感じだけれども。










ボウちゃん…

おっとりした性格も、大食いなところも、愛くるしいお顔も声も、大好きでしたよ。
いつも呼ぶとお返事を返してくれて、ありがとう。
yaboはそのたび、とっても嬉しかったです。

ジロウはなんだか寂しいみたいで、ボウちゃんのこと、探してるけど
どうか、ジロウのことを見護っていてね。ボウちゃん、お兄ちゃんですもんね!


ボウ… たくさんたくさん、ありがとう。
お父ちゃんと、楽しくね♪


めんこい、めんこいボウ

安らかに…











長い記事、最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

にほんブログ村 鳥ブログ セキセイインコへ




スポンサーサイト

ボウが、逝ってしまいました。


先程、5月24日23時01分。
ボウが、サビィの元へと旅立ちました。

まだ4才でした。



ボウも肝臓を患っていて、サビィと同じ薬をずっと与えていましたが
昨夜急に調子を崩して、あっという間に逝ってしまった…



最期は、なんでこんなにかわいい仔を…と、神様を責めたくなるくらい、痙攣の激しいものでした。






訃報続きで、すみません。





サビィに似ておっとりとした、よく食べて、よくお返事を返してくれる
ジロウがいれば、それでいい仔でした。








もう、苦しくないよ。

ボウ… もっと、生かしてあげられなくて、ごめんね。






また、落ち着いたら更新します。

ほんと、訃報続きで、すみません。


あの日の朝と、次の日からのこと。


サビィが逝ってしまってから、二週間。

普通に仕事もこなしているし、人との会話で笑ったりもしておりますが
なんというか、心ここにあらずというか…
ぼやーっとした日々を送っております。

サビィはもう、この世界のどこにもいないんだなぁ…という、当たり前のことを頭ではわかっていても
骨壺の中にあるサビィの骨とが結び付かず
その横にある写真の中のサビィが、ほんと生きているようにしか見えなくて
ああ、まだまだ心が、受け入れられずにいるんだなぁ…と、そんな日々でした。





あの日の朝、私達は仙台に行くために、いつもよりも二時間早起きし、支度をしてました。

ぎゃぎゃぴ達を起こして、サビィとメッシ以外を放鳥したのは、いつもよりも一時間ほど早い時間。
みんな不安そうに『くぅーんくぅーん』と鳴くばかりで、全く遊びませんでした。

いつものリズムと違うから、それを不安に思ってるんだね。賢いなぁ~ほんと。( ´艸`)
と、それくらいにしか思っておらず
いつものようにサビィのケージにグリちゃん用の面会台を設置して、グリちゃんを乗せました。

ぎゃぎゃぴ達は放鳥。グリちゃんとサビィは面会。
私はその間、餌や水や敷き紙なんかの交換作業。
時間が違うだけで、それ以外はいつもと全く同じでした。
なのにぎゃぎゃぴ達は、ずーっと動かず『くぅーんくぅーん』と鳴くばかり。
グリちゃんも、いつもならサビィを前にハッスルするのですが、ただじぃーっと、サビィに寄り添っているだけ。
サビィも、ただグリちゃんに寄り添っているだけ。

サビィ、調子悪いんだなぁ…。だからグリちゃんも、ハッスルせずに案じてるんだな。
そう思いました。
昨日は寒かったから。でも、今日は暖かくなるから、昼頃には元気になるだろう。と…



部屋を出るとき、いつものように一羽一羽に話しかけ、サビィにもケージに手を入れ
「サビィ、行ってくるからね。少し遅くなるけど、今日中には帰ってくるからね。」
といって、嘴を指で撫でようとして、いつものように嫌がられ。

「じゃぁね、みんなお留守番だよー。○○姉ちゃんがくるから、お利口さんに待っててね。行ってくるからね。行ってきまーす(*^-^*)」

しかしドアを閉める時、みんな一斉に大きな声で『くぅーんくぅーん!』と鳴きました。

たぼさんに、「いつもと違うからみんな泣いてる(^^;)」と、ほんと微笑ましいくらいにしか思っておらず、私達は家を出ました。





今思うと、もしかしてぎゃぎゃぴ達は、なにかを感じていたのかなぁ…

グリちゃんも、最後のお別れをしていたのかな。

あんなに大きな『くぅーんくぅーん』も、あんなに不安げなみんなの様子も
過去になかったように思います。

そして、私は仙台までの道中
ずっとサビィのことを話していました。
「11月に体調を崩してから、12、1、2、3、4…
もう5ヶ月も経ったんだよ!凄いよね!サビィ!」と…







前記事には、ぎゃぎゃぴ達はいたっていつも通り。と書きましたが
翌日から2~3日は、様子が違う仔も中にはおりました。

グミが一番、元気がなかったです。
たまたま、換羽と重なったせいかもしれないけれど、グミは毎日、グリちゃんと張り合うほど、サビィのことが大好きでした。

そして、キコとよく、宙を同じ目線で追っていました。
まるで何かが飛んでいるのを、追うようにして。
でも、それが『何か』は、分かっていないような感じで。

カスターは、明らかにいつもと違う様子で、不安そうに少しパニック的に飛び回っていました。
そして、カーテンレールの上から、サビィの骨壺をじぃーっと見てました。
箱菓子があっても、なにがあっても、気にしたことなんかないのに、何故か骨壺のことは見てました。


ボウとジロウは、肝臓が悪いので、サビィのいた位置に。



高いところにお引っ越しして、嬉しそう。



ブップ乗って行くよー(*^-^*)



この日は気温が27度まで上がったので、ボウとジロウを病院へ連れていきました。

外の様子に戸惑いながらも、野鳥の声に反応したり、ボウは私が「ボウちゃーん♪」と呼ぶと、「ピヨ~」と必ず返事を返してくれました。



一番、心配だったグリちゃんは
翌日からもう、一番、元気でした。

まるで『しばしのお別れをしたから、あとはいつも通り『今』を生きるだけだわよ!』と、みんなに見せているかのように。




ある日のサビィとグリ。
サビィのお顔が、嬉しそうですね。(*´ー`*)






「サビィくん、おはよー」
「サビィくん、お水だよ~」
「サビィくん、いってくるからね」

不思議と、どんなにピヨピヨさえずってても
私の「サビィくん」の単語に、何故かみんな静まり返ります。

そして、若干グミをはじめとしてみんな様子は違ったけれども
それでもインコ達は日々を、『今』を、生きています。

脳の大きさが、知能が、と言ったら、そういうことなのかもしれないし、以前あるお方がテレビで『動物はみな、人間になるために修行をしている』とか言っていたけど、そうなのかな?

私は逆に、人間が彼らの域に辿りつくよう、修行をしているように思えてならない…




ある説によると、動物はその生を終えると、その『種』ごとの類魂へと帰還して、記憶も一切無くなるそうです。
でも、愛された動物は、一定の期間だけ、その個性は個体となり、残るそうです。

それを読んだとき、記憶が一切なくなるなんてと、とても寂しい気持ちになりまして
そもそもそれが本当のことかなんてのも分からないことなので、ぼんやりと半々な気持ちで記憶していたのですが
二週間経って、少しずつですが、そのお話も受け入れられるようになりました。



人に飼われる鳥として、生まれてきた命を
神様から、お預かりした命を

『サビィ』という名を名付け

私は、私なりに愛情を注ぎ、そして彼から、たくさんのことを学びました。

後悔がない。とは言えないけれど
それでも後悔は、ないほうだと今は思ってます。


もし、その類魂のことが本当だとしたら、サビィはペットとしての使命を、しっかり果たし(私にたくさんのことを教えてくれた)
私から得た愛情も、きっと経験値として持ち帰り
全てのインコちゃん達がいる、大きな大きな魂の中に、溶け込んだのなら…

これ以上のことはないのかな。って、そう思えるようになりました。
というか、今はそう、思います。

エゴなのかな…  でも、思います。








Σ(゚Д゚;) ハッ!





すみません。いつまでもダラダラと…。・(つд`。)・。


また、通常通りのGyaGyaPi *Cafeに、戻らなくてはですね。(*´ー`*)







サビィの死を悲しんでくださった方々。
祈ってくださった方々。

ありがとうございました。








長い呟き、最後まで読んでくださいまして
ありがとうございました。


サビィ、たくさんの幸せを、ありがとう。


2016年4月30日 18時30分。

サビィが、虹の橋へと旅立ちました。

お迎えしてちょうど6年目の翌日。6才と2カ月。

私たちが仙台へ、日帰り旅行へ行っていた間のことでした。





昨年の11月に体調を崩して以来、本当にサビィはよく頑張りました。
寒い日や、雨の日なんかは、調子が悪そうに寝ていることが多かったけど
それ以外は餌もしっかりと食べ、食欲がない時でも粟穂やオーツ麦は嬉しそうについばんで
私が「サビィクン、まんまは?まんま。まんま食べよ?」と語りかけると、餌入れに跳び乗って、餌をついばんでもくれました。

就寝時に交換する、お薬の入らないまっさらなお水がとっても嬉しいらしく
お水を入れると「ピヨヨヨピヨッピョ~♪」と、おやつをもらう時と同じように嬉し鳴きをし
前の日の夜は、更にケージの下に落ちているオーツ麦を拾ってまでして、食べていました。



決して、調子が良いとは言えないけれど
それでもあと2~3年、いや、1年…
せめて半年は生きるって、そう思っていました。

なのにまさか、この日だなんて…





11月から、ずっとサビィのいるリビングで寝起きをしていて、前の日も一緒にいたし、次の日だって一緒にいられたのに
なんで、なんでこの日だったのか

電車から降りて、携帯のマナーモードを解除しようとバッグから取り出し初めて
お水替えを頼んでいた妹から着信があったことに気が付き
LINEを見ると、「サビィがひっくり返ってる!」という文字と、苦しそうにケージの下で片羽根を伸ばしているサビィの姿や動画が、何個も届いてて。

急いで妹に電話をし、詳細を聞き、祈る思いでいったん電話を切ったそのあと、またすぐ妹から電話が鳴り
出ると妹が、泣いていました。







私の手の中で看取りたかった。

一番苦しくて不安で、怖かった時に、「大丈夫だよ!」って、言ってあげられなかった。

でも、それらは全て、私の想いだからいいんです。


ただ、妹が家に着き、ケージの下でひっくり返っているサビィを発見したのが18時15分。
それから15分後の、18時30分。
この時間というのは、いつも私が会社から帰宅する時間帯。

頑張って、待っていたのかなぁ… って思うと、



やりきれないです




妹にも、辛い思いをさせてしまった















20160501帰り道


「サビくん、ブップ乗って行くよー」

去年の11月から、病院へは私だけで行っていたけど
前はよくケージごとジャンバーで包んで、連れていったなー…

サビィはいつもご機嫌にお歌を唄ってて、野鳥の声にもお返事していたね。



火葬場からの帰り道、小さい骨壺の中のサビィと一緒に、道に迷って、そこで菜の花を見ました。











今まで、サビィを応援し、心配してくださった方々、心から感謝いたします。
ありがとうございました。

また、個別にメッセージを下さった方々、このようなかたちでのお知らせとなってしまい、申し訳ございません。


サビィは、きっとまだ家にいると思うので、しばらくはサビィのケージはそのままにしておきたかったのですが
ボウとジロウも肝臓を患っているため、心を鬼にして、サビィの場所を子供たちのために片づけました。

片付けるとき、サビィがいた場所に、頭を突っ込んで見渡しました。
この場所で、サビィは5ヶ月半、病気と闘っていたんだな…と。
思ったよりも隣のグリちゃんや、その隣の隣までよく見えて、少しだけ、ほっとしました。

ボウとジロウは、温度管理はしっかりしてても、やはり下よりは高い場所が嬉しいらしく
嬉しそうに私を見るなり寄ってきます。
そして、そんな姿に、今は癒されています。

ケージを速攻で片づけたことに対し、サビィに申し訳ない気持ちと、まだ理解が出来ずに部屋の中をさ迷っているのではないかと、自問自答を繰り返していましたが
「子供たちのために、場所を空けてくれたんだよ」と言ってくれたtaboさんの言葉に涙が止まりませんでした。

ジロウも、サビィと同じく、お腹に腫瘍が出来ています。



メッシは最近、眠っていることが多くなり、
朝のプラケースのお掃除中は、taboさんと私の肩に飛んできて、やたらと甘えるようになりました。





いつかは訪れることだと、頭では分かっていても
今はなにぶん、感情がまだコントロール出来なくて
あ、もう大丈夫かな・・と思いきや
突如悲しみが襲ってきては涙している数日ですが、
ギャギャピ達がいたっていつもどおりなことに、救われています。





16-05-03-05-56-47-343_deco.jpg


サビィくん、本当によく頑張ったね。

サブちゃんやパドくんに、逢えたかい?

ずっと、天国から子供たちを見守っていてね。

たまには、遊びにきてね。



6年間、yaboはとっても幸せでした。
いっぱいいっぱい、ありがとう。





またね、サビィ。

大好きだよ、サビィ!!







パドのこと。


※とてもとても長い記事です。どうか、お時間のある時にでもよろしくお願いいたします。




【2010年5月21日 金曜日】

今から5年前、まだ我が家には、実家からお迎えして2か月足らずの推定2才の村長こと「メッシ」と
お迎えしてまだ1か月足らずの、生後3ヶ月の幼い「サビィ」の2羽だけでした。

一緒に遊びたいのに、いつもメッシに邪魔にされ、一羽で遊んでいるサビィを私が不憫に思ってしまい
仕事帰りに立ち寄ったペットショップで、黄色と緑の、少し気が強そうな男の子と出会いました。

その当時のお話です。


パドはその時、まだプラケースで、ごやごやと他の仔達と一緒にいましたが
うちは共働きなので挿餌はムリで、お迎えしたいけどムリだなぁーって見つめていたら
店員が「この仔はもう大丈夫ですよ。」とおっしゃいました。
プラケースもないので、普通のケージで大丈夫かも確認しましたが、問題ないとのことでした。

たぼさんはこの時、パドの異変に気づいてて
「ちょっとやめた方がいいんじゃない?具合が悪そうだよ。」と言ってくれましたが
とにかくパドを気に入ってしまった私は、「そんな風には見えないよ。」と、その忠告を無視。
店員がケースから取り上げて、お尻を見て「ん?」と言ったのを今でも覚えてます。

家に帰る頃には、陽もすっかり落ち、店員の言うとおり、(まだ赤ちゃんなのに)パドをケージに入れました。
慣れない環境だし、もう遅いので、その日は餌とお水をセットし寝せました。




【2010年5月22日 土曜日】

翌朝、この日は土曜で仕事が休みでした。
まだ3ヶ月だったサビィは、初めて見るパドに興味津々で
ケージの上にのぼってみたり、横からしがみついてみたりと、とにかく興味津々でした。
パドはそんなサビィに、小さいながら威嚇してました。

パドをケージから出すと、怖がらずに手に乗ってきて
初めて飛んだ時は、ほんの1mくらいでしたが、たぼさんと二人で喜びました。
でもすぐ疲れるので、仰向けに寝ているたぼさんのお腹の上で目を瞑って休んだり
テレビから流れるAKBの曲にだけは、「ピロロ!」と反応を示して見つめ、私達を笑わせてくれました。

パドは、お腹が空いたように何度か鳴くのですが、あまり餌を食べませんでした。
「知らない環境で警戒しているのだろうか。店員さん、普通の餌でいいって言っていたしな…。」
サビィもお迎え当日は、ほぼ丸一日餌を食べなかったから、それに比べたら少しはついばむし…と
無知な私は、この時はあまり深刻には考えず、餌を口に持って行ったりとかしながらも
「そのうちモリモリ食べてくれるだろう」と、そう思っておりました。
今思い出しても、ほんとただただ、パドに申し訳ない。無知な人間に迎えられたせいで。

そしてここでようやく、なんとなく、パドが具合悪そうだな…。と気が付きました。

体重を量りました。パドは、たったの20gちょっとしかありませんでした。
急に怖くなりました。無知とはいえ、セキセインコの適正体重は知っていたので
この仔はまだ、挿餌でなければダメなんじゃないか。たぼさんの忠告どおり、病気だったんじゃないか… と。

それからたぼさんと一緒に、粟玉とか、何故かおがくずとかも買ってきました。
多分寒くないように。とか、少しでもペットショップと同じ状態に…とでも思ったのでしょう。

ネットで調べて、粟玉をふやかして、パドの口に持っていくもあまり食いつきはよくありませんでした。
ペットショップのようにそのまま置いてみたりもしましたが、それもあまり食べてはくれませんでした。
餌をちょうだいと親鳥を探すように、「ピロロ!」とは鳴くのに。
どうしたらいいのだろうと思いつつも、少しは食べてくれるので
この時の私は、まだ様子を見るしか頭にありませんでした。





【2010年5月23日 日曜日】

今でも思います。なぜすぐに、病院に連れて行かなかったのかと。

この日、パドは少し寒がるようになりました。
たぼさんの手の方が大きくて温かいので、たぼさんがパドを包んでくれてましたが
まだプラケースじゃなきゃダメだったんじゃないか。と
そもそも私が無知なことがいけないのに、店員を責める気持ちも正直持ちながら
急いでプラケースを買いに走りました。

パドは、どんどん手に潜り込むようになりました。
それは、子供の頃に飼っていた文鳥が、亡くなった朝の、前の晩の様子、そのものでした。

ペットボトルにお湯を入れ、タオルで包み、温度計も仕込んでパドをプラケースに入れました。
たぼさんがプラケース用に、サビィのおもちゃの残り木で、止まり木を作ってくれました。
パドは、たぼさんの止まり木にはとまることなく、ペットボトルの上で嘴を背中に隠して丸くなっていました。

30度を切らないように温めながら、ネットでいろいろ調べると
「メガバクテリア」という単語が引っかかりました。
『酷くなると血便が出る。』
パドを覗くと、まるで「ごはんですよ」そのもののような、真っ黒いべったりとした便がありました。
この時もう、日はすっかり暮れていました。


ようやく私は、パドを病院へと連れて行きました。
獣医さんはパドを見るなり、「この仔まだ雛だよ!」と言いました。
体重も、通常雛は親から栄養をもらって肥えているのが普通なのに
たったの20gちょいなんて、いつ命が落ちても不思議でない状態だとも言われました。

そして検便の結果、メガバクテリアでした。

パドが、「ピロロ!」と鳴きました。「この仔餌を食べたがってるよ…!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もうそれしかありませんでした。
とにかく助けてほしい。助かってほしい。ごめんなさいごめんなさい…。

「どうしますか?入院させても(命が)もつか分かりませんよ。」そういわれ
私なんかのもとにいるより、病院にいたほうがずっと生きる確率が高い!とそれしか思えず
そのままパドをお願いしました。
獣医さんは、「よし。じゃぁとにかく保温と給餌だ!」と、パドを抱えて奥へと走っていきました。




【2010年5月24日 月曜日】

仕事が終わり、迎えにきてくれたたぼさんと、その足で病院へ行くと
「34度まで上がっていても、まだああやって丸まってるんだよ…。」と、状態が良くないことを告げられました。
「餌は無理やり給餌してるから、ちょっと汚れてああなんだけどね。」とも。

大きな保温器の中で、小さい体をまん丸くして、パドは戦っていました。ごめん。パド。。

「パド・・・」と、ガラス越しからそう呼ぶと、一瞬チラッと私を見ましたが、
また鼻を隠してそのまま目を瞑りました。

私達はまた「お願いします。」と言って、病院をあとにしました。
そして、それでも私は、パドが死ぬとは考えられませんでした。




【2010年5月25日 火曜日】

翌日、朝早く電話が鳴りました。
病院じゃなければいいな。と思いましたが、病院でした。

力なく獣医さんが、「パド君、頑張ったんだけど、今朝方…」と、その後の言葉はあまり思い出せません。
私は会社を休むことにして、パドを迎えに行きました。



白い布のようなものに包まれて、小さな箱の中でパドは横たわって眠っていました。
一生懸命最善を尽くしてくださった先生に、ここで泣いたら申し訳がなさすぎると
涙を我慢することにいっぱいで、喉が詰まり「ありがとうございました。」それだけ言うのが精一杯でした。

「ケースは洗って消毒をしたので、移る心配はないと思うけど。。」
獣医さんも、私の様子を察して、最小限のことしか言わないでくださいました。
でも私を気遣い、「2日でしょ…。チョイスが悪かったとしか…。」ともおっしゃってくださいました。
私は「チョイス…」とだけ頭の中で反復したことを覚えてます。
獣医さんに深く頭を下げて、会計を済ませて病院をあとにしました。



小さい箱を助手席に置いて、帰りの運転は、声をあげてひたすら泣いての運転でした。

家に着き、どのくらいの時間だったか。小さな箱を抱えて、顔が破裂しそうなくらい泣きました。
泣いたって、パドはもう生きられないのに。

少し落ち着いた頃、パドの箱を抱えたまま、メッシとサビィをケージから出し、また正座をしました。
メッシとサビィが、私の右肩にとまってきました。

とその時、左肩に、明らかに小さな感触が「ポン。」と乗りました。
「パドだ…!」そうはっきりと思いました。
私の気持ちが、そのような感覚を生み出したのかもしれませんが
その時の私は、そして今でも、あればパドだったんだと思います。

私はまた、しばらく泣きました。



夕方になり、たぼさんが帰宅して、私達はお花屋さんへ行き、パドにそっくりな色の花を買い
そのあと二人で、無言のままパドのお墓を作り、そこにパドを埋めました。
埋める時、たぼさんが、パドの首をカキカキしました。

賃貸なので、引っ越すときはいつでも連れていけるようにと、お墓は植木鉢にしました。





ライン




以上、長くなりましたが、ここまでがパドのお話です。

当時はこの話を聞いて、「私だったらペットショップに行ってお金を返してもらう!」とか
「ペットショップで死ぬと、そのままゴミ箱に捨てられて、誰からも記憶に残してもらえなかったんだから…」と
いろいろ慰めのお言葉をいただきましたが
パドを死なせてしまったのは、紛れもなく私の無知からです。
例え病気だったとしても、その病気を悪化させたのは私。
メガバクでも、完治させている飼い主さんは、たくさんいらっしゃいます。





【ここからは余談です】

それからカスターをお迎えするまで、一年かかりました。
サビィはその間、ずっと一人ぼっちで遊んでいました。
カスターが来たときの、サビィの喜びようといったら、もう尋常じゃなくて。(笑)
サビィはカスターのことを、「嫁」だと思っていたと思います。
でもそのカスターに対する熱烈な愛情が、後にサビィの肝臓へと負担になったのか
サビィは肝疾患を患ってしまい、カスターは、メッシと同居させることとなりました。

その時のサビィの癇癪っぷりったら、気が狂ったか。と思うほど。
サビィが未だにメッシを嫌う理由は、きっと出会った当初からの、恨みつらみなのかもしれません。。^^;




まだまだ、知識としても経験としても、不十分だけど
パドの死を無駄にしないよう、ギャギャピ達はことあるごとに
病院へチョッパヤでGO!なのであります。(笑)

でも、もし最期の時が来たら…。

私は、看取ることを選びたい。と、そう思っております。
でもそれは、きっとどの飼い主様も望まれることであり
仕事をしていたり、予期せぬ事故であったりすれば、やはりそれは理想論なのかもしれないけれど。


そして、実はこれには余談がありまして
本当は、『ここだけを掻い摘んで』、みなさまにお伝えしようかとも考えたのですが
なんか、それだとパドに対して申し訳がないというか、ズルイな…。と思いまして。

ここまででも、十分すぎるほど長いのに、すみません。
よろしければあともう少し、お付き合ください。


------


パドを埋めたあと、暗い寝室で、電気も点けずに着替えをしていると
私の左肩から、ほんわりとしたゴルフボールよりもひと回りほど大きな白い球体が、
ポ~ン… と降りて、もう一度ポ~ン…と今度は1mくらいあがって、そして降りて
またポ~ン…と飛んで、西の窓から出ていきました。

私はそれを、今でもパドだと思っています。
だってパドが初めて飛んだ姿、そのものでしたから。

でもそれが、本当にパドだったとしたら、それはどういう意味だったのかは分かりません。
意味なんてなくて、ただなんとなく肩にいたけど、サビィ兄ちゃんもメッシ姉ちゃんももう寝てしまったし
つまんないからどっか行こう。とか、そういうことかもしれないし
「これからは気を付けてくださいね。」と、そういう訴えなのかもしれないし…。

でも、思ったんです。
よく、テレビの心霊番組とかで、「オーブ」とか映されていますが
パドのそれも全くオーブそのもので
大きさも、小鳥だから小さいとか、そんなの全くなくて、同じ大きさで。

「魂」の大きさカタチは、人もインコも、同じなんだなって。



素材




長い記事、その内容に、読んでてイラッとされた方もいらっしゃると思います。
申し訳ございません。

パドが生きられなかった分も、ギャギャピ達に愛情を注いでまいりたいと思います。

最後まで、ありがとうございました。


2010-5-22 パド2 - コピー

― 2010年5月22日の「パド」。 ―






このカテゴリーに該当する記事はありません。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。